千葉地方裁判所松戸支部 平成11年(ワ)1049号・平12年(ワ)7号 判決
平成一一年(ワ)第一〇四九号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成一二年(ワ)第七号 慰謝料請求事件(乙事件)
甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。) A(通称名 A1)
右訴訟代理人弁護士 山田由紀子
同 榊原富士子
甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。) B
主文
一 被告は、原告に対し、金四〇万円及び内金一〇万円に対する平成一一年一一月三〇日から、内金三〇万円に対する平成一二年三月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の甲事件請求及び被告の乙事件請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告は、原告に対し、金二九〇万円及び内金九〇万円に対する平成一一年一一月三〇日から、内金二〇〇万円に対する平成一二年三月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
原告は、被告に対し、金三〇万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 甲事件
甲事件は、原告が、被告に対し、松戸市議会議員である被告において、同市議会議員である原告に対し、松戸市役所議会棟二階廊下で後ろから「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為及び被告発行の活動報告紙(あい・まつど)に「A1」という原告の氏名(通称名・横書き)の上に「オトコいらず」とルビ(振り仮名)を振った行為が原告の個人の尊厳・名誉・人格権及び議員としての就業環境を侵害した不法行為であるとして合計金二九〇万円の慰謝料とこれに対する遅延損害金の支払を請求した事案である。
二 乙事件
乙事件は、被告が、原告に対し、原告において原告発行の個人情報誌(市議会リポート)に「被告が原告に対し松戸市役所議会棟二階廊下で後ろから『男いらずのA1さん』と呼びかけた行為に関する記事」を掲載した行為は、被告の個人的言動を独断的にセクシュアル・ハラスメントと決めつけ、不必要な風評を流し、悪意をもって被告を誹謗中傷し、被告の名誉を著しく傷つけた不法行為であるとして、慰謝料三〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
(争いのない事実)
一 原告と被告は、ともに松戸市議会議員である。
二 被告は、平成一一年九月一七日午前九時五五分頃、松戸市役所議会棟二階廊下において、議員控室を出てきた原告に対し、後ろから「おはようございます」と声を掛けた上、これに振り向いた原告に対し、「男いらずのA1さん」と呼びかけた。原告は、直ちに「失礼だから、取り消しなさい」と発言の撤回を求めたが、被告は、「ユーモアだから、取り消さない」と述べて、これを拒絶した。
三 原告は、原告発行の「松戸市議会議員A1の市議会リポート二一号」(平成一一年一〇月二〇日付)に、別紙一のとおり、被告が原告に対し松戸市役所議会棟二階廊下で後ろから「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為に関して「取消も謝罪も拒否、B議員のセクシュアルハラスメント」という見出しの記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、平成一一年一〇月頃、右リポートを新松戸周辺の住宅に投函し、松戸市役所の職員に配付した。
四 被告は、平成一二年二月、被告発行の活動報告紙「あい・まつど」第三六号・平成一二年二月号に、別紙二のとおり、「A1」と原告の通称名を横書きに太文字で書き、その上に小文字で振り仮名のように「オトコいらず」と付記し、同年二月一四日頃、右活動報告紙を松戸市民に郵送・新聞折り込み等の方法により配付した。
第三争点
一 被告が原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為は、不法行為となるか-甲事件
(原告の主張)
1 被告が原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた場所は、松戸市役所議会棟二階廊下であり、この廊下は議員控室に囲まれている。しかも、時間帯は、決算委員会の開催直前の午前九時五五分頃であり、委員らは委員会室に向かう時間帯であって、現に被告の後ろには議員が一人おり、原告の後ろには職員が一人いた。被告は、原告の後ろ約一四メートル離れた位置から大きな声で「男いらずのA1さん!!」と呼びかけた。原告と被告は、同じ松戸市議会議員とはいえ、個人的に親しい間柄ではないどころか、被告の従前からの不快な言動が原因で原告が被告を避けていたような関係にあった。被告の右行為は、冗談やユーモアとして通じる条件が全くない状況のもとで行われた。
2 「男いらず」すなわち「男を必要としない」との言葉は、一般的に性的な意味を含めて使用される。男性と性的な交渉を持たないあるいは持つことができない女性、性交渉の相手にされない女性、男性から相手にされない女性、恋人のいない女性等に対して、具体的には独身女性、離婚女性、寡婦等に対する「皮肉・からかい・侮辱」として使用される。被告は、原告を「からかい」、「皮肉」を言い、「揶揄」し、「挑発」する意図で原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた。被告は、挑発という以上に原告を困惑させ、怒らせてその反応を見て楽しむという意図を持ち、計画的であった。
被告は、「男いらず」の言葉は「男性に頼らない自立した女性としての賛辞」の意味で発したと弁解するが、これは後で考えた弁解である。自立した女性は、男性と協力して支えあって生きているのであり、「男性を必要としない」などということはありえない。また、原告が、即座に「失礼だから取り消しなさい」と述べた事実は、被告の発言が「賛辞」などというようなものではなく、原告にとって極めて不快なものであったことを示している。
原告は、被告に「男いらず」と言われ、「からかわれている」「挑発されている」「おちょくられている」「怒らせようとされている」「侮辱された」と感じ、「サーッと頭の中が白くなるほど」「非常に腹が立ち」「自分がとてもけがされたように思い」「ぬぐえない泥をかけられたような気持ちに」なるほど「不愉快」に感じた。その結果、原告は、その直後の決算委員会の審議に集中できず、このことが頭を離れない状態となり、従前から被告より受けていた継続的な侮辱・皮肉・揶揄とあいまって、このままではいつまた同様の被害を受けるかもしれないという不安にかられた。
3 被告の行為は、アメリカ雇用機会均等委員会(EEOC)の「セクシュアルハラスメントに関するガイドライン」における「相手の望まない性的性質を持つ口頭の行為」に当たり、「かかる行為が、個人の職務遂行を不当に阻害し、不快な労働環境を創出する目的もしくは効果を持つ場合」に該当する。また、被告の行為は、雇用機会均等法二一条の「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により」「当該女性労働者の就業環境が害されること」に該当し、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」(甲二)の2の(5)の「職場において行われる女性労働者の意に反する性的な言動により女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」に該当し、松戸市の「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止に関する要綱」(甲三)二条三項の「職場における職員の意に反する性的な言動により、職員の職場環境が不快なものとなったため」「職員が職務を遂行する上で看過できない程度の支障が生ずること」に該当する。
被告は、松戸市議会議員であり、市民や市職員の模範たるべき立場にある。被告は、公務員として一般市民より高度の憲法・法律遵守義務を負い、セクシュアルハラスメントについての資料・情報を市民より早く入手し知りうる立場にあったから、被告にはセクシュアルハラスメントをしないことにつき一般人より高度の注意義務があった。それにもかかわらず、被告は、故意にセクシュアルハラスメントを行ったものであるから、その職業上の地位からしても違法性は極めて高い。
4 本件以前の被告の原告に対する「赤い糸」発言、赤いジャケットの件をはじめとする一連の言動からも、被告は、原告に対し、ある種の恋愛ないし好意感情、あるいはその裏返しとしての怨恨の感情をもちつつ、故意に原告の名誉や性的羞恥心を害する事項を告げてきたことが窺える。
被告の行為は、セクシュアルハラスメントであり、原告に対する「侮辱行為」であって、原告の人格権を著しく侵害する不法行為である。
被告の言動が、ストーカー行為(同一の者に対して、つきまとい等を反復して行うこと)等の規制に関する法律の構成要件に該当するか否かはさておくが、少なくとも被告の本件行為は、同法のストーカー行為に極めて近い性格をもった不法行為であって、民法上の不法行為の問題としても、違法性の高い悪質な行為である。
(被告の主張)
1 「男いらず」という言葉は、原告が主張するような「性的な意味における男性を不要としている女性」を指すものではなく、女性に頼らず家事全般をこなせる男性を「女いらず」と表現するのと同じく、男性に頼らない自立した女性としての賛辞であって、セクシュアルハラスメントではない。
被告の「男いらず」の発言その他の言動は、一つ一つをとれば違法とはいいがたいのであって、不法行為(セクシュアルハラスメント)ではない。にもかかわらず、原告は、被告の「男いらず」の発言をセクシュアルハラスメントと一方的に断定しており、不当である。
2 被告の言動は、あくまで個人的なものであり、他に聞いていたのも同僚議員一人しかおらず、原告は、即座に「失礼だから取り消しなさい」と命令口調で反論したくらいであるから、到底傷ついたとは言えず、すべて原告の一方的な独断と偏見により加害者・被害者と決め付けている。わが国の男性がセクシュアルハラスメントについての認識が希薄であるのは事実であるが、被害者と目される女性側の一方的な判断のみでセクシュアルハラスメントと決定されてよいものではないことは、法治国家では当然のことである。
3 セクシュアルハラスメントは、社会的地位もしくは立場を利用した性的イヤガラセを指すのであって、言論・思想そのものを制限するものではない。原告は、被告同様一人会派であるが、多数派の男性議員に臆することなく堂々と議会活動を続けており、その政治姿勢を高く評価して故藤原弘達氏同様に「男いらず」と呼びかけたのであり、多少皮肉が込められているのは否定しないが、少なくとも原告の思い込んでいるセクシュアルハラスメントではない。被告が原告に「男いらず」と呼びかけた行為に「皮肉」「からかい」「挑発」が込められていることは認めるが、「侮辱」が込められていることは否認する。
二 被告が活動報告紙において原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振る記事を書き、これを市民に配付した行為は、不法行為となるか-甲事件
(原告の主張)
1 被告は、被告発行の活動報告紙「あい・まつど」三六号・平成一二年二月号において、「A1」という原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振った記事を書き、これを一万五千部発行し、新聞折り込みで一万三千部、郵送・手渡し等で二千部を松戸市民に広く配付した。
被告が原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振る行為は、セクシュアルハラスメントの定義に該当し、被告は、その主観において、原告に対し、「からかい」「皮肉」「揶揄」「挑発」「怒らせる」等の意図を持っていた。
被告の右行為は、「A1」イコール「オトコいらず」という結び付き、すなわち「A1」といえば「オトコいらず」とあたかもあだ名のように人々に印象づける意図と効果があることを強調する行為であって、「オトコいらず」の意味からしてこれが名誉毀損に当たることは明白であり、さらにこの結び付きを多くの人に刷り込む行為である点で、名誉の侵害が後々まで長く影響する違法性の高い名誉毀損行為である。
2 被告は、原告が訴訟提起という形をとってまで、「男いらず」という言辞が非常に不快であることを表明している最中に、しかも訴訟において「判断は裁判所に委ねる」などと発言しながら、あえて同じ「男いらず」という言辞を用いて不特定多数の人に対して表現するという違法性のより高い方法で原告に対しセクシュアルハラスメントかつ名誉毀損の行為をしたものであり、その害意・悪意の強さは言語を絶するものがある。
3 被告は、司法という本来人の正当な権利の実現のための最後の砦たるべき場を、勝訴の見込みの有無にも訴訟の誠実な遂行にも関心のないまま、ただ単に他人を訴えて自己のうっぷんを晴らす場として扱っているものであり、本件において、被告が自ら原告に対して訴訟を提起しておきながら、準備書面の提出等に関心を示さず、早く終わってほしい、取り下げるなどと言いながら、その一方では平然と同じセクシュアルハラスメントを裁判中に繰り返したことは、まさに被告の司法の軽視・悪用、司法に対する挑戦であるといわなければならない。
(被告の主張)
1 原告は、被告が活動報告紙において原告の氏名の上に「オトコいらず」とルビを振った行為は違法な記述であり不法行為(セクシュアルハラスメント)となると主張するが、何ら法的根拠がない。ルビはルビであり、それ以上の意味はない。
2 被告が原告の氏名の上に「オトコいらず」とルビを振った行為に「皮肉」「からかい」「挑発」が込められていることは認めるが、「侮辱」が込められていることは否認する。
3 原告は、「オトコいらず」という言葉を「性的な意味における男性を不要としている」という意味をもつ侮辱的な性的言辞であるとするが、考えすぎである。
三 原告が原告の市議会リポートに被告が原告に「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為に関して「取消も謝罪も拒否、B議員のセクシュアルハラスメント」という見出しの記事(本件記事)を掲載し、これを市民に配付した行為は、不法行為となるか-乙事件
(被告の主張)
1 被告が原告に「男いらずのA1さん」と呼びかけたのは事実であるが、原告は、本件記事において、被告の個人的言動を独断的にセクシュアルハラスメントと決め付け、不必要な風評を流し、被告の名誉を著しく傷つけた。
2 原告が本件記事の中で主張しているような「被害者が加害者の言動で傷つけられたとすれば、それはセクシュアルハラスメントになるのです」という女性側の一方的な断定は通用しない。
3 原告は、平成一一年九月二〇日付けで小沢市議会議長宛に「セクシュアルハラスメントについて」と題する書面(甲四)を提出したが、被告は、小沢議長から本件記事にあるような事情聴取も事実確認も受けていない。小沢議長は、「A1議員から文書が提出されましたのでお読みします」と言って朗読し、その後、「謝罪する気はありますか」と聞かれたので、被告は、「公の場の発言ではなく、あくまでも個人的な言動であり、謝罪の意思は一切ありません」と答え、両者間に数分間の会話があっただけである。小沢議長は、「わかりました。A1議員が傷ついたとおっしゃっているので一応お伝えしました」と述べ、会話は終了した。
4 原告が、被告を加害者と断定し、セクシユアルハラスメントを自分に都合のよい解釈をしたのは許容範囲としても、自ら作成した市議会リポートに本件記事を掲載し、新松戸近辺に大量かつ無差別に投函し、かつ市役所の職員にも配付するなどして被告の名誉を故意に傷つけ、信用を失墜させたのは、到底許すことができない。
5 被告が今回の訴訟に踏み切ったのは、実際にもっと深刻なセクシュアルハラスメントの被害に遭っている女性に対して失礼であると判断したからであり、理解のない男性が「やはり女はこの程度で騒ぐのか」と思い込み、セクシュアルハラスメントの本質を看過してしまう危険性を否定できないからでもある。
(原告の主張)
1 名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にならない(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。
2 市議会議員が、市役所議会棟内において同僚市議会議員に対してセクシュアルハラスメントをしたという事実は、市議会議員という職務の公共性、その活動の本拠地である議会棟という場所の公共性から見て、まさに公共の利害に関する事実である。
市議会議員は、「その適否の判断にはほとんど全人格的な判断を必要とする」ものであり、市議会議員がセクシュアルハラスメントをするような人物であるか否かの問題は、市民にとって「その適否の判断に関係のある事項であって」、その人物がセクシュアルハラスメントにあたる言動をしたことが真実であれば、その事実の公表は許される。
もっとも、原告は、被告個人の市議会議員としての適否を問うことを主たる目的として本件記事を掲載したわけではなく、むしろ雇用機会均等法にセクシュアルハラスメント防止条項が加わり、一般社会においてセクシュアルハラスメントに対する関心・認識が高まっている中、市民の代表たるべき市議会議員が自らセクシュアルハラスメントをするようなことでよいのかという問題意識をもち、かつ広く市民の中でのセクシュアルハラスメントをなくしていくには、まず自分の足下で起きた事実について市民に知ってもらい、市民の関心と理解を求めたいと考え、また、被告のセクシュアルハラスメントについて正式に文書をもって市議会議長に対処を求めたこと、そのことが新聞記事にもなり多数の市民・支援者から心配や励ましの連絡を受けたことなどから、ことの経緯を客観的に市民に知らせる必要があると考えたからである。したがって、原告の本件記事の掲載・配付行為は、専ら公益を図る目的に出たものであることが明らかである。
そして、被告が、平成一一年九月一七日、市役所議会棟内において、原告に対し、「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為は、当事者間に争いがなく、真実である。
3 原告は、平成一一年九月二〇日、小沢市議会議長に対し、同日付「セクシュアルハラスメントについて」と題する文書(甲四)を提出し、被告の原告に対するセクシュアルハラスメントを報告するとともに、これについて松戸市の「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止に関する要綱」(甲三)の趣旨に沿う形での対処を求めた。
小沢議長は、原告の文書提出を受けて、平成一一年九月二一日の朝、被告を議長室に呼び、議会事務局職員立会のもとに事情を聞いた。原告が同議長から聞いたところによれば、被告は、「男いらず」と発言した事実は認めながら、公の場での発言ではないこと、セクシュアルハラスメントのつもりではないことを理由に発言の取消しはしないと答え、重ねて議長が原告を不快にしたことについて謝らないかと勧めたのに対しても、謝罪しないと答えたとのことであった。被告は、小沢議長から事情聴取も事実確認も受けていないと主張するが、小沢議長が公式に一議員たる被告から事情を聞いたことは事実であり、これを本件記事において「事情聴取・事実確認」と表現するのは常識的かつ一般的表現であり、原告の見聞きした事実としては真実である。さらに、本件記事のうち、小沢議長が原告に謝罪を求めたが、被告がこれを断った事実及びその理由に関する記述も真実である。
4 次に、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見の前提としている事実の重要な部分を真実と信じるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される(最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁)。
5 原告の本件記事の掲載・配付行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあったことは、前記のとおりである。
本件記事は、被告自身も認めている具体的発言を明記して客観的かつ淡々と事実経過を述べつつ、これが松戸市のセクシュアルハラスメント防止要綱に照らしてセクシュアルハラスメントにあたること、同要綱は職員を対象とするものとはいえ、議員がこれを侵していいわけがないことなどの原告の意見・論評を記載したもので、それ以外には、原告への人身攻撃はおろか、本件言動を除き被告の人格や議員活動に関する記載は一切されていない。原告は、前記の公共の利害に関し公益を図る目的を貫くため、本件記事が極力市民に個人的な確執や他人に対する人格非難といったレベルの問題と誤解されることのないよう注意を払い、あえて被告に関しては「市議会議員である」という一点以外、一切の形容を避けた。
6 被告の「男いらず」との言動がセクシュアルハラスメントにあたることは、単なる原告の個人的な意見・論評ではなく、前記のセクシュアルハラスメントの法的定義に基づく当然の法的評価である。
被告は、ユーモアだから発言を取り消さないと主張するが、松戸市が同市セクシュアルハラスメント防止要綱(甲三)を周知徹底させるために作成したパンフレット(甲三五)でも、「性的な冗談やからかい」もセクシュアルハラスメントになるのであり、行為者がユーモアのつもりであったことは何らその違法性を阻却するものではない。
被告は、原告が被告の言動を独断的にセクシュアルハラスメントと決めつけており、「被害者が加害者の言動で傷つけられたとすれば、それはセクシュアルハラスメントになるのです。」という女性側の一方的な断定は通用しないと主張するが、セクシュアルハラスメントの定義中の「意に反する」という要件は、まさに被害者がいやがる・不快に感じるという被害者側の「主観が重要視される」(甲三七)ことを意味しており、松戸市のパンフレット(甲三五)も「セクシュアルハラスメントのキーワードは「unwelcome」です。つまり、同じ行動が受け手の取り方によってセクシュアルハラスメントになることもあるし、ならないこともあります。相手がいやがることは絶対にやめましょう。」と呼びかけている。
7 前記最高裁判決の判示によれば、仮に当該意見ないし論評が「前提としている事実の重要な部分」が真実でない場合にも、その「重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される」というのであるから、本件におけるように、「前提としている事実の重要な部分」、すなわち、被告が原告に「男いらず」と呼びかけたという事実が真実である場合は、なおさらのこと、これを前提とする原告の本件記事における意見・論評には故意・過失はなく、名誉毀損は成立しない。
8 以上のとおり、原告の本件記事のうち、事実を摘示した部分は真実であり、意見・論評にあたる部分は右真実の事実を前提とする正当な意見・論評であるから、名誉毀損は成立しない。
第四争点に対する判断
一 争点一(被告が原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為は、不法行為となるか-甲事件)について
争いのない事実、証拠(甲一ないし二八、二九の一・二、三〇ないし三七、三八の一ないし三、三九ないし四五、四六の一ないし三、乙一ないし九、原告、被告)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
1 原告(昭和二七年一一月二五日生)と被告(昭和二三年三月二九日生)は、ともに松戸市議会議員である。原告の戸籍上の姓名は「A」、婚姻前の姓名は「A1」であるが、原告は、夫婦別姓選択制度を必要と考える自己の信念に基づき、婚姻後も市民運動・議員活動等社会的活動のすべてにおいて「A1」を通称として使用してきたものであり、松戸市議会で初めてその議員活動において通称名の使用を認められた議員である。
2 被告は、平成一一年九月一七日午前九時五五分頃、松戸市役所議会棟二階廊下において、議員控室を出てきた原告に対し、後ろから「おはようございます」と声を掛けた上、これに振り向いた原告に対し、「男いらずのA1さん」と呼びかけた。原告は、直ちに「失礼だから、取り消しなさい」と発言の撤回を求めたが、被告は、「ユーモアだから、取り消さない」と述べて、これを拒絶した。
3 被告が原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた場所は、松戸市役所議会棟二階廊下であり、この廊下は議員控室に囲まれている。声をかけた時間帯は、決算委員会の開催直前の午前九時五五分頃であり、委員らは委員会室に向かう時間帯であって、被告の後ろには議員が一人おり、原告の後ろには職員が一人いた。被告は、原告の後ろ約一四メートル離れた位置から大きな声で「男いらずのA1さん!!」と呼びかけた。原告と被告は、同じ松戸市議会議員ではあったが、個人的に親しい間柄ではなく、原告は、日頃から、被告の原告に対する「赤い糸でつながっている」との発言その他の言動を不愉快に感じて被告を避けていたような関係にあった。したがって、原告が被告の右発言を冗談やユーモアとして受け止める状況はなかった。
4 「男いらず」すなわち「男性を必要としない」との言葉は、使用された状況に応じて色々な意味を持ちうるが、男性が女性に対して「男いらず」と呼びかける場合には、通常、性的な意味を含めて使用される。「男いらず」の言葉は、男性と性的な交渉を持たない女性あるいは持つことができない女性、性交渉の相手にされない女性、男性から相手にされない女性、恋人のいない女性等に対して「皮肉・からかい・侮辱」として使用されることがある。
被告は、原告に対し、「からかい」、「皮肉」を言い、「揶揄」し、「挑発」する意図で「男いらずのA1さん」と呼びかけた。さらに、被告は、挑発という以上に、前の晩から、原告を困惑させ、怒らせてその反応を見て楽しむという意図を持ち、計画的に「男いらず」の言葉を使用した。被告は、「男いらず」の言葉には侮辱の意味は含まれていないと主張するが、女性が男性から「男いらず」と呼びかけられた場合、女性として侮辱されたと感じるのが通常である。原告は、右の言葉に現に侮辱されたと感じており、「男いらず」の言葉に侮辱の意味が含まれていることは否定できない。
被告は、「男いらず」の言葉を「男性に頼らない自立した女性としての賛辞」の意味で発したと弁解するが、自立した女性は、男性と協力して支えあって生きているのであり、「男性を必要としない」ということはありえず、「男いらず」の言葉を自立した女性としての賛辞と理解することは難しい。原告が、被告に対し、即座に「失礼だから取り消しなさい」と述べた事実は、被告の発言が「賛辞」などというようなものではなく、原告にとって極めて不愉快なものであったことを示している。
原告は、被告に「男いらず」と言われ、からかわれている、挑発されている、おちょくられている、怒らせようとされている、侮辱されたと感じており、サーッと頭の中が白くなるような状態になり、非常に腹が立ち、自分がとてもけがされたように思い、ぬぐえない泥をかけられたような気持ちになるほど不愉快に感じた。その結果、原告は、気持ちが動揺してその直後の決算委員会の審議に集中できず、このことが頭を離れない状態となり、従前から被告より受けていた継続的な侮辱・皮肉・揶揄とあいまって、このままではいつまた同様の被害を受けるかもしれないという不安にかられた。
5 被告の行為は、アメリカ雇用機会均等委員会(EEOC)の「セクシュアルハラスメントに関するガイドライン」(甲一)における「相手の望まない性的性質を持つ口頭の行為」に当たり、「かかる行為が、個人の職務遂行を不当に阻害し、不快な労働環境を創出する目的もしくは効果を持つ場合」に該当する。また、被告の行為は、雇用機会均等法二一条の「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により」「当該女性労働者の就業環境が害されること」に該当し、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」(甲二)の2の(5)の「職場において行われる女性労働者の意に反する性的な言動により女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」に該当し、松戸市の「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止に関する要綱」(甲三)二条三項の「職場における職員の意に反する性的な言動により、職員の職場環境が不快なものとなったため」「職員が職務を遂行する上で看過できない程度の支障が生ずること」に該当する。
6 被告は、松戸市議会議員であり、事業主や松戸市の職員ではないから、雇用機会均等法や松戸市の「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止に関する要綱」の直接の適用はないが、被告が松戸市役所議会棟二階議員控室前の廊下で原告に対し「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為は、原告の意に反する性的な言動であり、これにより原告の就業環境が害され、原告が市議会議員としての職務を遂行する上で看過できない程度の支障を生じさせたものであるから、セクシュアルハラスメント(環境型セクシュアルハラスメント)に該当し、原告の人格権・名誉を侵害した不法行為である。
7 そして、被告の原告に対する「男いらずのA1さん」との発言は、市議会議員として保持すべき品位を欠いた女性蔑視の侮辱的な発言であり、その発言の内容・回数(一回)、発言の前後の状況、その後の経緯、これにより原告が受けた精神的苦痛の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が被告の右発言により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金一〇万円が相当である。
二 争点二(被告が活動報告紙において原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振る記事を書き、これを市民に配付した行為は、不法行為となるか-甲事件)について
争いのない事実、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
1 被告は、原告が平成一一年一一月一九日に本訴を提起し(なお、被告の松戸簡易裁判所への乙事件の提起は平成一一年一〇月二七日である。)、平成一二年一月一三日に本件第一回口頭弁論期日が開かれた後の平成一二年二月、被告発行の活動報告紙「あい・まつど」第三六号・平成一二年二月号に、別紙二のとおり、「A1」と原告の通称名を横書きに太文字で書き、その上に小文字で振り仮名のように「オトコいらず」と付記し、同年二月一四日頃、右活動報告紙を一万五千部発行し、新聞折り込みで一万三千部、郵送・手渡し等で二千部を松戸市民に郵送・新聞折り込み等の方法により配付した。
2 被告が原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振り配付した行為は、セクシュアルハラスメントの前記定義に該当し、被告は、原告に対し、「からかい」「皮肉」「揶揄」「挑発」「怒らせる」等の意図を持って右の行為をしたことを自認している。そして、右の行為に侮辱の意味が含まれていることも、「男いらず」発言と同様である。被告の右行為は、「A1」イコール「オトコいらず」という結び付き、すなわち、「A1」といえば「オトコいらず」とあたかもあだ名のように人々に印象づける意図と効果があることを強調する行為であって、名誉毀損行為にあたるものと認められ、その態様も「オトコいらず」の言葉を活字にして配付し、右の結び付きを多くの人に刷り込む行為である点において、単発の「男いらず」発言と比べ名誉の侵害が持続する違法性の高い名誉毀損・人格権侵害行為である。
3 被告は、原告が訴訟提起という形をとってまで、「男いらず」という言葉が非常に不愉快であると表明している最中に、しかも訴訟において「判断は裁判所に委ねる」などと発言しながら、あえて同じ「オトコいらず」という言葉を用いた活動報告紙を不特定多数の人に対して配付するという違法性のより高い方法で原告に対しセクシユアルハラスメントに当たる名誉毀損・人格権侵害の不法行為をしたものであり、これは被告の執拗さ・害意の強さを示すものである。
4 このように、被告が活動報告紙において原告の名の上に「オトコいらず」とルビを振る記事を書き、これを市民に配付した行為の内容・態様、右行為は原告が訴訟において「男いらず」との言葉に不快を表明した後に敢行されたものであること、これにより原告が受けた精神的苦痛の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が被告の右行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金三〇万円が相当である。
三 争点三(原告が市議会リポートに被告が原告に「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為に関して「取消も謝罪も拒否、B議員のセクシュアルハラスメント」という見出しの記事(本件記事)を掲載し、これを市民に配付した行為は、不法行為となるか-乙事件)について
争いのない事実、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
1 原告は、原告発行に係る「松戸市議会議員A1の市議会リポート二一号」(平成一一年一〇月二〇日付)に、別紙一のとおり、被告が原告に対し松戸市役所議会棟二階廊下で後ろから「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為に関して「取消も謝罪も拒否、B議員のセクシュアルハラスメント」という見出しの記事(本件記事)を掲載し、平成一一年一〇月頃、右リポートを新松戸周辺の住宅に投函し、松戸市役所の職員に配付した。
2 原告が市議会リポートにおいて被告が原告に対しセクシュアルハラスメントをしたことを公表したことは、形式的には被告の名誉を毀損する行為に当たる。
ところで、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にならない(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。また、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見の前提としている事実の重要な部分を真実と信じるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される(最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁)。
3 そこで、これを本件についてみると、市議会議員が、市役所議会棟内において同僚市議会議員に対してセクシュアルハラスメントをしたという事実は、市議会議員の職務の公共性、その活動の本拠地である議会棟という場所の公共性から見て、まさに公共の利害に関する事実に当たる。すなわち、市議会議員は、「その適否の判断にはほとんど全人格的な判断を必要とする」ものであり、市議会議員がセクシュアルハラスメントをするような人物であるか否かの問題は、市民にとって「その適否の判断に関係のある事項」であって、市議会議員がセクシュアルハラスメントにあたる言動をしたことは、公共の利害に関する事実に当たる。
4 原告は、雇用機会均等法にセクシュアルハラスメント防止条項が加わり、一般社会においてセクシュアルハラスメントに対する関心・認識が高まっている中、市民の代表たるべき市議会議員が自らセクシュアルハラスメントをするようなことでよいのかという問題意識をもち、かつ広く市民の中でのセクシュアルハラスメントをなくしていくには、まず自分の足下で起きた事実について市民に知ってもらい、市民の関心と理解を求めたいと考え、また、被告のセクシュアルハラスメントについて正式に文書をもって市議会議長に対処を求めたこと、そのことが新聞記事にもなり多数の市民・支援者から心配や励ましの連絡を受けたことなどから、ことの経緯を客観的に市民に知らせる必要があると考え、原告の市議会リポートに本件記事を掲載し、これを通常と同じ方法で松戸市民に配付した。
したがって、原告の本件記事の掲載・配付行為は、専ら公益を図る目的に出たものであることが認められる。
5 そして、被告が、平成一一年九月一七日午前九時五五分頃、市役所議会棟内において、原告に対し、「男いらずのA1さん」と呼びかけた行為は、当事者間に争いがなく、真実であり、右行為がセクシュアルハラスメント(不法行為)に該当することも、前認定のとおり、真実である。
6 原告は、平成一一年九月二〇日、松戸市の小沢市議会議長に同日付「セクシュアルハラスメントについて」と題する文書(甲四)を提出し、被告の原告に対するセクシュアルハラスメントを報告するとともに、松戸市の「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止に関する要綱」(甲三)の趣旨に沿う形での対処を求めた。
小沢市議会議長は、原告の文書提出を受けて、平成一一年九月二一日の朝、被告を議長室に呼び、被告から議会事務局職員立会のもとに事情を聞いた。原告が同議長から聞いたところによれば、被告は、「男いらず」と発言した事実は認めながら、公の場での発言ではないこと、セクシュアルハラスメントのつもりではないことを理由に発言の取消しはしないと答え、重ねて議長が原告を不快にしたことについて謝らないかと勧めたのに対しても、謝罪しないと答えたとのことであった。
これに対し、被告は、「小沢議長から本件記事にあるような事情聴取も事実確認も受けていない。小沢議長は、「A1議員から文書が提出されましたのでお読みします」と言って朗読し、その後、「謝罪する気はありますか」と聞かれたので、被告は、『公の場の発言ではなく、あくまでも個人的な言動であり、謝罪の意思は一切ありません」と答えたところ、小沢議長は、「わかりました。A1議員が傷ついたとおっしゃっているので一応お伝えしました」と述べた」と主張するところ、小沢議長が公式に市議会議員である被告から事情を聞いたことは事実であり、これを本件記事において「事情聴取」と表現するのは一般的な表現であり、原告の見聞きした事実としては概ね真実である。また、本件記事のうち、小沢議長が被告に謝罪を求めたが、被告がこれを断った事実及びその理由に関する記述も概ね真実であり、小沢議長が被告に謝罪を勧めたのか、それとも謝罪の意思を確認したにすぎないのかの違いは、被告の名誉の低下に結び付くものではない。
7 そして、本件記事の表現は、被告の行為の不当性を過度に強調するものではなく、概ね被告自身も認めている具体的発言を明記して客観的に事実経過を記述したものと認められる。本件記事は、被告の行為が松戸市のセクシュアルハラスメント防止要綱に照らしてセクシュアルハラスメントにあたること、同要綱は職員を対象とするものとはいえ、市議会議員がこれを侵していいわけがないことなどの原告の意見・論評を記載したもので、それ以外には、原告への人身攻撃や被告の人格や議員活動に関する記述は一切されていない。原告は、本件記事が個人的な確執や他人に対する人格非難といったレベルの問題であると市民に誤解されることのないよう注意を払い、あえて被告に関しては「市議会議員である」ということ以外には一切の形容をしなかった。原告は、被告に対する嫌がらせや誹謗中傷の意図で本件記事を書いたものではなく、本件記事は、その表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものではないものと認められる。
8 被告は、「男いらず」発言はユーモアだから発言を取り消さないと主張するが、松戸市が同市のセクシュアルハラスメント防止要綱(甲三)を周知徹底させるために作成したパンフレット(甲三五)にもあるように、「性的な冗談やからかい」もセクシュアルハラスメントになりうるのであり、本件において、被告がユーモアのつもりであったことは何らその違法性を阻却するものではない。
また、被告は、原告は被告の言動を独断的にセクシュアルハラスメントと決めつけており、「被害者が加害者の言動で傷つけられたとすれば、それはセクシュアルハラスメントになるのです。」という女性側の一方的な断定は通用しないと主張するが、セクシュアルハラスメントの定義中の「意に反する」という要件は、被害者がいやがる・不快に感じるという被害者側の主観が重視されることを意味しており(甲三七)、松戸市のパンフレット(甲三五)も「セクシュアルハラスメントのキーワードは「unwelcome」です。つまり、同じ行動が受け手の取り方によってセクシュアルハラスメントになることもあるし、ならないこともあります。相手がいやがることは絶対にやめましょう。」と呼びかけている。セクシュアルハラスメントが男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮して、その判断基準に一定の客観性をもたせるため、平均的な女性の感じ方を基準にしても、被告の「男いらず」との言動がセクシュアルハラスメントにあたることは、動かし難く、原告の本件記事は、単なる原告の個人的な意見や論評ではなく、前記のセクシュアルハラスメントの定義に基づく法的な評価である。
9 このように、本件において、被告が原告に「男いらずのA1さん」と呼びかけたという事実は真実であるから、これを前提とする原告の本件記事における意見・論評に故意・過失はない。
したがって、原告の本件記事のうち、被告の名誉に関する事実を摘示した部分は真実であり、意見・論評にあたる部分は右真実の事実を前提とする正当な意見・論評であるから、名誉毀損の不法行為は成立しない。
第五結論
以上によれば、原告の甲事件請求は、慰謝料四〇万円及び内金一〇万円に対する平成一一年一一月三〇日から、内金三〇万円に対する平成一二年三月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告の甲事件のその余の請求及び被告の乙事件請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小野剛)